七十路淑美の独り言 (改、六十路独り言)

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help RSS 錯覚、金魚鉢の中

<<   作成日時 : 2006/09/03 17:06   >>

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 藻の揺れる水槽に我住まうかと錯覚起こさす素ガラスの窓 

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 遮光するカーテンはずせば窓の中
       飛び込む木々に心が揺れる

 遮光カーテン透かして見慣れた風景の
       緑がまぶしい素ガラスの部屋
     
 遮光するカーテンはずした窓際で
       お外に電気があると孫言う


 夜、テレビの天気予報を見ていて思った。
「そうだ、明日はレースのカーテンを洗濯しよう。」
「明日早起きしたら 、レースのカーテンをはずして置いてね」私が言うと
「酔っぱらってるから、忘れるかもーー」と夫。
メモを書いて、テーブルの上に置いて寝た。

 翌朝目覚めてリビングの窓を開けた途端、待っていたように夫が言った。
「金魚鉢の中にいるみたいだよ。落ち着かないよ。」
窓の方を見ると、いつもは白いレースの遮光カーテンを透して見ている庭の木々の緑がやけに濃く、金色の朝日を受けて光っていた。
いつもよりぐっと間近にあるように見える。
東と南両面に広く開いた窓の、素ガラスを透して見える木々の葉が風に揺れると、確かに金魚鉢の中にいるような気分になった。
周囲の緑がワッと押し掛けてくるようで、確かに、夫が言うように落ち着かない、そわそわした気持ちがして、そこにいるのが嫌になった。

 しばらくして小学1年生の孫娘が二階から降りてきた。
「ゆーめちゃん、今日はちょっと様子が違うでしょ。何故だと思う?」
たずねると、窓際に立っていた彼女が言った。
「お外に電気があるんだもの」
部屋の中まで射し込んでいる赤みを帯びた太陽の光りが、外に電気が点いているような錯覚を彼女に起こさせたのだろう 。

 レースのカーテンは、初夏、夏の終わり、暮れと大体一年に三回は洗うから、はずしたのは今回が初めてではない。
しかし、今日のような不思議な感覚を覚えたことは、今まで無かった。

 思うに、これは偶然に重なった要素、すなわち
 少し南に傾きかけた太陽の朝の光り、昨夜の雨のせいで湿気を含んだ空気、そよ風、ガラスによって起こるかすかな光線のゆがみなどが相まって演出されたひとときの幻視の世界だった。

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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
小学一年生にとったら、太陽と電気の違いが解らないんですね。
色々と変な事件が起きる筈です。認識がどうでも良くなっているんですね。是非、お孫さんの為にドラゴンおババの威力を発揮して下さい。
一つ眼が覚めたような気がします。
Hbar
2006/09/03 20:09
変なコメントを思うが侭に出してしまいました。
僕は未熟なんだなあと後悔しきりです。
おババさんのピュアを見なければいけないのに、書いてしまってから気が付きました。これからも色々ご指導賜りますようお願いします。
Hbar
2006/09/03 20:16
Hbar さん、コメントありがとうございます。
ただし、孫の言葉は認識がどうのこうのどうのこうのと言う観点から出したのではありません。全く逆です。私は褒めてやりたいと思いましたよ。
「やられたねーー。子供の発想ってすごいねーー」
これがじじババの感想です。
小さい子供は突拍子もない発想をや空想をします。
それが倫理や道徳に反するものであれば正してやる必要がありますが、そうでなければ、それを認め、伸ばすしてやることが大切です。
すべてを大人の常識論に当てはめて、子供を否定することは子供の創造性や感受性、情緒の芽をつみ取ることになります。
子供とつきあうときは、子供と同じ目線になってつきあうことが大切です。
やんわりと受け止め、そっと正しい方向に導く知恵が大切です。
頭ごなしに大人の理屈を押しつける。
事件の芽はこんなところにもあるのではないでしょうか?
六十路独り言
2006/09/03 22:27
「金魚鉢」「お外に電気」。おじいちゃん、おばあちゃん、お孫さん、みんな詩心があってすばらしい。
首藤
2006/09/03 22:49
言う事なし。お孫さんとの会話。部屋の雰囲気。御主人との会話の様子。
ジジ&ババ様とお孫さんとの関係も良く判りますよ。平和な夏の日の様子が絵日記のように見えます。なんだか懐かし〜い感じで、偶然の光の様子も何時の日か孫さんが思い出す情景なのかも。私もなんだかそこに居るような感じがしますョ。この状況を「豊か」というのだ!と思いますネ
TH
2006/09/04 13:23
先日、読んでまた訪ねてきました。
田舎で両親と生活している時ですが、我が家は東側の山の裾に建っていました。
朝日が西側の田畑や山を照らして、雨戸の節穴がピンホールのカメラになって部屋にその景色を映し出すのです。
親に催促されるまで見入っていました。それから、雨戸を開けると・・・六十路さんのところのような光景に再び出会うのです。
コメントを書き忘れて過ごさせていただきました。(笑)
Tatehiko
2006/09/06 12:35
Tatehiko さん、こんばんはーー
コメントありがとうございます。
私にも同じ経験があります。
懐かしいこと思い出させていただいて嬉しいです。
節穴の前に白い紙を置いたり、隣の部屋だと違うかなと試したり、
ちょっと不思議な楽しい出来事でした。
今の家はたいていシャッターとガラス窓とレースのカーテン、布のカーテンだから、子供たちはこんな神秘な体験ができなくて残念ですね。
六十路独り言
2006/09/06 22:08
コメントいただきありがとうございました。
すっかりご挨拶が遅くなりました。
リハビリ中とはいえ、働けないわが身がいささか情けなくもあります。
今度の連休に5才の男の双子とともに、息子夫婦が帰省します。
家内は待ち焦がれているようですが、僕としては複雑な気持ちです。
色々な負担がすべて家内にいってしまうし、この身体では孫たちの相手も充分に務まるわけもなく・・・・・
せめて、孫たちが小学1年生で、女の子だったらなあと思う昨今です。
夢心地
2006/09/08 09:57
夢心地さん、コメント有り難うございます。
リハビリ大変でしょうが、どうか頑張ってください。
発想の転換をして、お孫さんの相手をしてやろうと思わないで、相手をしてもらおうと思ってみたらいかがでしょうかーー
小さい子はあんがい自分がたよりにされていると思えば嬉しがっていろいろするものですよ。
奥様も一人でお世話しようと思わないで、お嫁さんに手伝ってもらえばいいですね。お客さんじゃなくて家族なんですからーー
私は、お嫁さんがきた時はどんどん仕事を割り振ってやってもらっています。
お互いを知るいいチャンスですしね。
六十路独り言
2006/09/08 13:51

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