一ヶ月半ほどを病院で過ごすことになり、持参した本の中の一つである。
書名は東野圭吾作の「幻夜」(集英社文庫)
読後感想を一口で言うと、「主要人物と大筋の運びの設定は前作の白夜行とほぼ同じ」と言うことになる。
とは言っても、最初の導入場面が阪神大震災のあった日ということで描写されており、折も折東日本大地震による被害地の映像が毎日流れている頃で、インパクトのある書き出しであった。
主要人物は、大地震の被害者である男女ふたり。
男(雅也)は殺人を犯し女(美冬)はそれを目撃した。
つまり、二人は共通の秘密でつながれ、それからの展開が始まる。
「白夜行」の場合も殺人という秘密の絆でつながれた男女が登場するが、この場合の二人のつながりは、表面的には書かれてない。それぞれ違ったレールを歩いているように見せながら実は、男は陰ながら女を守り、もり立てていたことが最後に明かされるのだが、本作「幻夜」では二人の交渉は堂々と表面に出てきて、二人の共同作業として、いくつもの殺人が展開されてゆく。
実は、美冬にとって雅也は自分の夢を叶え実現成功させるための道具なのだが、雅也はそのことに気付かず、のめり込み奴隷となって美冬の思い通りに動かされてしまうのだ。
男を利用し、踏み台にしてのし上がっていくために、社会的にも名を知られ、経済力もある社長と結婚する図式は「白夜行」と同じである。
この社長には姉が居るのだが、彼女は美冬に「実は他人の名を騙っているのではないか」との疑問を抱き、詮索を始める。
そして調査の相棒に選んだのが、不倫関係を作って義姉を陥れるために、美冬によって差し向けられた雅也であるところに、作者の工夫がある。
この疑いを持つもう一人の人間が居る。「白夜行」と同じく。途中から登場する刑事だ。
女主人公に関係のある最初の事件に関わり、いろいろと調べるうちに彼もまた女の姓名
経歴査証を疑うようになった。
雅也はこの二人と関わり合ううちに、女の正体に気付き茫然自失する。
「二人の幸福のためと」ささやかれて実行してきた犯罪が実は彼女の成功のための策略だったことに気付いたのだ。
一方、刑事も犯人として美冬を追いながも彼女に魅力を感じるようになった。
「見事としか言いようがない。幸運にも恵まれていただろうが、卓越した判断力と洞察力、それに何より精神力がないとできないことだ」
刑事は美冬を殺そうとする雅也を阻止しようとして、結果的には彼と心中したような状況で爆死するのだが、このとき雅也の発した言葉
「そんなことはさせない。俺と彼女だけの世界に入ってくるな」は愛憎をひっくるめた男と女の絆の不思議さを語るものだ。
表題「幻夜」は、震災後の雅也の人生を意図したのだろうかーー
主人公の男女のペアー。白夜行でも幻夜でも男は死に女は残った。
名前を詐称する以前の女の経歴は不明である。
前作白夜では、男が転落してはさみで胸を刺し死んだ後、女は階段を上っていった。
作者にはこのときすでに、この女を次作につなげる意図ができていたのだろう。
女はますます美しくなり、目的達成には手段を選ばず、障害物は排除する酷薄さにも磨きがかかってきた。
刑事はいかなる経験が今の彼女を作ってきたかを考え、雅也は考える。
「女は」過去を完全に消したかったのだろう」
どんな過去なのかは書かれてないし想像も付かない。
犯罪歴かも知れないし、莫大な借金があるのかも知れない。
しかしそれは大した問題ではない。なぜなら、大小はともかくとして、人間なら誰もが消したい過去を持っており、全くの別人に生まれ変わり、それまでとは全然違う人生を歩んでみたいという密かな夢を持っているだろうからーーーー
最終場面、刑事と雅也の爆死を聞いても美冬は動じない。
作者は書いている。
「彼女の背後のレインボウブリッジはライトアップされている。その光を受けた彼女の頬が輝き、彼女は言った。
「いいえ、こんなにすばらしい夜は初めて幻みたい」
作者は、明暗、二つの「幻」のイメージを書き分けている。雅也にとって「幻夜」は不実であるが、美冬にとって「幻夜」は成功、夢の輝きである。
白夜行、幻夜を生きてきた一人の女は次にはどんな生き方をするのだろうか?
「美冬は結婚後変わった。手術によりいっそうの美貌と若さを手に入れた。
しかしそれは結婚後だけだろうか?
自分と出会うまでは彼女は一度たりともその欲望を満たそうとはしなかっただろうか」
美冬の魔性に疑惑を抱きつつも魅入られている夫(社長)もまた食い尽くされるだろうか?男を餌食に死、脱皮を繰り返す美冬の最終の目的は何か?
彼女の死が明らかにならなくては読者の心はすっきりしない。
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