姉は現在八十六歳です。
三年前までは十歳年上の夫と自分の家で暮らしていましたが、手首を骨折したために、家事をこなすことができなくなり、息子娘も関東に住んでいるため、老人ホームに入りました。
去年の今頃は二人で飛行機に乗り、東京に来るほど足腰も達者だったのですが、暮れに腰を痛め、入院治療をしていました。
三月末には退院したのですが、歩行がかなり困難になり、軽い認知症の症状も出てきて、下の介護も必要なことからもとの老人ホームでは受け入れてもらえず、四月から夫と離れて上記の施設に入所しているのです。
最初、顔を見ても私だとわからなかったようですが、話している内に記憶が戻ってきました。
記憶の時代感覚や人間関係の把握がこんがらがっている部分がありますが、意志はしっかりしていて
「ここに閉じこめられていると、私じゃなくなる。」
「家に帰って生活すれば、しっかりする」「こに居るくらいなら死んだ方がいい」と言います。
自分の身体状況を認めたくないのです。
人間の好き嫌いが強いので、周囲の人となじめません。夫は毎日来るわけではないので、自分の思い、自分の世界にはまってしまって、話す能力も低下し、ひがみっぽくなっています。
一年前と比べると、大変な変わり様でした。
生き続けるということは本当に辛く哀しいことだと思い、予備軍である自分のこれからの生き方を考えざるをえませんでした。
そして、介護をして下さる方のご苦労に頭が下がりました。
せめて県内に住んでいれば、度々来ることもできるのに、横須賀ではそうもできません。
一日半共にいて、帰ってきました。
過去昨日記憶乱れる姉上の住まうホームに早い黄昏
特養の一室に住む老女言う苦労なけれど苦しき日々と
身の不自由解っていながら認めるを拒む老女の縋る在宅
この記事へのコメント
Tatehiko
いずれ、誰にもやってくるわけですが・・・寂しいことですね。
傍目からは、寂しがられても、私は子ども達の世話になるまいと思っているのですが、どうなりますことやら・・・。
私達の健康友の会では「介護まるわかり」の学習会を計画しています。制度や施設の利用の仕方と合わせて、こうした心の問題も話し合ってみたいと思っています。
七十路淑美
姪や甥から折に触れて電話で話を聞いていましたが、実際に会うとやるせなさが強いのです。
保護司や家裁の調停員も勤めた人なのに、老いには勝てないのですね。
自分の腎臓を移植していた次女に先立たれた心の空虚が蝕まれたとも言えます。
老いというものは、自分の努力ではどうにもならない部分もあるようです。
でも、できるだけ努力しなければなりません。