下宿屋の小さき机のスタンドに照らし出されし二重ラセン図
「毎月最低一冊は読書をする。」は私の今年の目標の一つ。
九月のために選んだのは、現在青山学院大学の理工学部、化学・生命科学科で教授をしている分子生物学者福岡伸一氏の著書「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)である。
もう四十数年も前になるが、分子生物学の黎明期であったあの頃には、
「核酸、酵素、タンパク質」という科学雑誌が発行されていて、科学学術誌の「ネイチャー」や「サイエンス」に載せられた最新のレポートの紹介や解説の記事が載っていたが、そのころ丁度大学生で生化学に興味深々だった私は、胸をどきどきさせながそれらを読みふけっていたものだった。
そして今回読んだこの1冊は、その頃のときめきを思い出させ、いつの間にか疎遠になっていた世界に私を引き戻す役目をしてくれたのである。
内容はさておき、読み進む間にまず気づくことがある。
それは、ここに書かれている事柄は、かなり高度な内容で、基礎知識が理解を容易にするのは言うまでもないが、二つの仕掛けの故に、小難しい難解な学術書にはならず、興味ある読み物になっていることである。
まずその一つは、砂上の楼閣、真珠のネックレス、ジグゾーパズル、アゲハチョウなど、衆人にとって一般的で容易にイメージ出来るものが、反応や理論の例として取りあげられていることで、それ故、学問的知識を持たない人でも、おぼろげに、おおまかに内容をイメージし理解することができ、好奇心、興味が刺激されるのだ。
もう一つは、科学的記述の合間のところどころに、丁度緩衝剤のように挿入されたエッセイ風の文章だ。
内容は氏が研究生活をおくっていたニューヨークやボストンでの生活や環境についての描写、また、氏がこの道に進む要因の一つになったかも知れない少年時代の思い出などだが、文章の間にかいま見えるのは氏の豊かな感性である。
文学や芸術に関わる人に感性が大切なように、優れた科学者にとっても豊かな感性は大切である。
いくら優れた科学能力、頭の良さに恵まれていてもよい研究者にはなれない。
他人の見過ごした、他人の気づかない些細なことにも気づき、心を向ける豊かな感性を持ち、周囲に温かい目を注ぐことが出来る人こそよい研究者になることが出来るのだ。
氏の持つ豊かな感性が、この本を読む人の頭を和らげてくれる。
著者福岡氏は、この本の中で「生物と無生物の違い。生命現象とは何か?」という問への答えを最新の分子生物学の知識を示すことで明らかにしようとしており、論述にはいくつかの山を用意している。
DNA二重ラセンの発見の
歴史を支える幾多のレポート
先輩の研究成果その上に
開きし花はノーベル賞受く
他の人の業績蹴落とし盗み取る
悪しき行い分野を問わぬ
*DNA
石や金属などの無生物は次代を作ることは出来ないが、生物は自己複製を行い次代を作ることが出来る。
そしてそこで重要な役割を担うのが、細胞内器官であるミトコンドリアの中に存在するDNAだ。
1953年、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックは科学専門誌「ネイチャー」にDNAが二重ラセン構造の形で存在することを発表し、後にモーリス・ウイルキンズと共にノーベル賞を授与されたのだが、本書の冒頭ではこの発見に到るまでの先人研究者たちの研究の方法、業績と受け継がれ進展されてきた理論の道筋、研究手段として使用された機器、装置などが紹介されている。
これを読めば、科学に余り興味のない人、化学実験の経験の無い人でも、科学的新事実の発見は一朝一夕になるものではなく、多くの研究者の研究の積み重ねがその土台となること。研究の発展には研究者の好奇心、探求心は言うまでもなく、根気と時間がかかり、電子顕微鏡など数々の実験装置の進化無くしては実現しないことが分かるだろう。
新発見者としてスポットライトを浴びるのは、多くの先人研究者、彼らのレポートからなるピラミッドの頂点であることが理解できるだろう。
さらに、科学研究者も人間である故に、競争、いじわる、蹴落とし、盗用などのダークサイトがあることもこの項の終わり近くには書かれている。
己ぞと思う肉体絶え間なき
原子の流れの平衡の舞台
精巧な化学工場よ細胞は
作業ルールはタンパク質の相補
機能多彩タンパク質作る玉石は
二十種ばかりのアミノ酸とぞ
アミノ酸の配列決めるノウハウは
DNA鎖のTGCA
TGCAはDNA を作る塩基成分でチミン、グアニン、 シトシン、アデニンを指す
*秩序がもたらす美、動的なものだけが発する美
生命を定義づけるもう一つの基準「動的な秩序」を、福岡氏は
波打ち際にあって、何らかの力によって支えられ、形も変えず、崩れもしない砂上の楼閣と、コップの水の中に落とされたインクが徐々に拡がり最後には一様になる拡散現象によって説明している。
砂上の楼閣は生物の身体、変わらない外観を、コップの中身は身体の中の科学的状況と思えば話が分かりやすい。
コップの中の拡散が完全に終わり、その差が解消されて均一になった状態を学問的にはエントロピー最大の状態と名付けるが、生物の体内がエントロピー最大の状態になったときは死を意味する。
だから生物が生命を保ち生き続けるためにはエントロピー最大の状態になることを阻止し、最大にならないある時点で、平衡状態を保たなくてはならない。
そのためには負のエントロピーを取り入れなくてはならない。
これが生物における「食、食う」という行動である。
食うことで新しいものを取り入れ、生命維持のために最適な動的平衡状態を保つのである。
しかし、取り入れるだけではなく、交換して出す必要がある。
その結果、生物の体内では至る所で分解と合成が繰り返され、目には見えなくても原子が出入りすることとなる。
氏は書いている。
「生命とは要素が集合して出来た構成物ではなく、要素の流れがもたらすところの効果である。」
この流れ、流れによって維持される動的平衡状態。これこそが生物の生命である。
ここまで理解して思うのは、生物である自分自身の肉体の持つ神秘さへの賛辞であり、愛しさである。
手紙の常套文句「その後お変わりありませんかーー」はもう書けない。
代わりに「あなたの原子の流れは正常ですかーー」と書いたなら、案外、おっ取り刀で、
「あんた大丈夫?」と電話が来るかも知れない。
この項では、原子の流れを実証するために、同位元素である重窒素や放射線同位元素を使って行われる研究方法についても紹介されていて、これがまたなかなかに興味深い。
さて、我々も生物である。
我々の身体でも、目にも見えず、意志にも関係なく到るところで原子の流れが起こっている。素人にはここで一つの疑問が生じる。
脳の中でも原子が入れ替わっているなら、記憶というものは、どのように保持されるのだろうか?
近年大きく進歩している脳科学と、分子生物学がドッキングするとき、生命の進歩がまた一つ解き証されるだろう。
楽しみにしよう。
*タンパク質の相補性
福岡氏はこの項でタンパク質の相補性を説明する道具として、ジグゾーパズルを取りあげ、ジグゾーパズルにおける各ピース相互の適合性を取りあげて話を進めている。
前に取りあげたDNA の二重ラセンは、DNAを作っている四つの塩基が二つのペアーを作り、丁度レゴのピースをはめるように、鍵と鍵穴がピタッと合うように結びつくことで成立しているが、生物の体内で絶え間なく繰り返されている分解と合成に重要な役割を果たしているタンパク質にもこの相補性があり、この相補性の故に、動的平衡が保持されていることを述べている。
すなわち、タンパク質の相補性というルールで張り巡らされたネットは、生命現象の保持のために生物体内に存在する要素なのだ。
この相補性を説明するの例としてあげられている膵臓の「消化酵素産生細胞」中の一つのタンパク質についての研究について書かれたくだりは、ミステリー小説を読むような面白みがある。
近年、我が国では若者の理科離れ、科学離れが心配されているが、総合学習の時間などで、ここらあたりを読書することは、科学研究の面白みに気づかせ、、物事を解きほぐし、追求する姿勢を学ばせる点でも役立つだろう。
すでに私の教師生活は終わっているが、今もし現役なら是非教材に取りあげたかったと思う。。
*緩やかな動的平衡
ジグゾーパズルのピースの一つの角が折れたり、取れたり、あるいは無くなるように、相補のルールで張り巡らされたネットの中のどれかのタンパク質が損傷を受け変形したり、壊れたり、失われたら、生物体内の動的平衡はどうなるのだろうか?
福岡氏はノックアウト実験やノックイン実験で得られた結果を用いて答えている。
「動的平衡を支えている要素に欠陥や欠損が起こった場合、それを埋めるように平衡点を移動し調節を行うとするだろう」
バイパスなどで新たなネットが作られ、障害を乗り越え、生命が保たれる。
生物体内の動的平衡は頑固一徹ではなくある程度緩やかでしなやかな平衡状態といわれると、ホットした気持ちになる。
しかし、修復や新しいネット作りが常に起こるとは限らないところに、生命の複雑さがあり、神秘があると言えるだろう。
もしその損傷に気づかぬまま、平衡が維持されれば、小さなひずみが周辺のネットにひずみを起こし、全体として大きなひずみを引き起こし、ネットは不安定になり、ついには蟻の一穴で土手が崩れることもあるように、生命が危機に陥ることもある。
また、たとえば受精卵の発生、分化のプロセスのように動的平衡に時間、時の流れが関与したとき、この修復作用が働かないこともあることが実験で明らかになっている。
福岡氏は本書の終わりに述べている。
「生物には時間がある。
その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度折りたたんだら二度と解くことのできないものとして生物はある。
生命とはどのようなものかと問われれば、そう答えることができる。」
相補う絆のネットの広がりに
時間軸あるが命のゆえん
生物の発生のプログラム始まれば
後戻りは無しやり直しも無し
「生物と無生物のあいだ」この一冊の読書は、私の好奇心を刺激し、満足させると同時に、生物についてのいくつかの不安に思いをつなぐ契機ともなった。
*科学の発達と人間の倫理
研究者が実験の結果を待ちわびる気持ちについては本書にも書かれているが、私にも多少の経験がある。
研究者にとって、研究の成果は麻薬のようなものである。
成果はともかくとしても、結果が出るのは待ち遠しくてたまらない。
よい結果が出れば、推論の方法の正しさが認められた充足感と征服欲に満足する。
しかしこれで終わりではない。
一つの成果は次なる研究の足がかりであり、研究の道筋が拡がってゆく。
新しい発見、成果への欲求は尽きることがない。
研究者のこの飽くなき探求心が後に続く研究者に受け継がれてきた。
この探求心が科学技術を発展させてきた。
そして、生命に関する科学が探究され、極められていくとき、いつの日か人間は生命の本質に到達し、生命を自由に操作することが出来るようになるかもしれない。
それは人間が造化の神の力を手にすることである。
この手を人間はどのように利用するのだろうーー
科学の発展に人間の人間性、倫理観、哲学は追いつけるだろうか?
恐ろしい気がする。
*温暖化は動的変更への恐怖
二酸化炭素などの温室効果ガスによって引き起こされる温暖化の影響は、氷河の崩落、解氷などの環境変化を引き起こしている。
これらの環境変化は、いずれ生物の動的平衡に損傷を与える脅威となるだろう。
ジグゾーパズルのピースが失われる時がきて生物界は大きく影響されるだろう。
科学者たちの声高な警鐘が人々の関心を高めるために役立つことに気づいて、発言をして欲しいものだ。
*遺伝子組み替えは動的平衡に有益か危機か 遺伝子組み替えは、病虫害などに強い植物を作って食糧増産に寄与する意図もあって、大豆などに応用されてきた。
成果を上げてきた一方で、その大豆の栽培が他の動植物に、大豆製品が人間に悪影響を与えるのではとの危惧も抱かれ続けている。
温暖化の原因となる二酸化炭素の排出を押さえるには、石油などの化石燃料の燃焼を押さえる必要がある。
そのために、最近はバイオ燃料への関心が高まり、その原料としてトウモロコシの栽培が急増加している。
トウモロコシの増産のために遺伝子組み替え技術を利用する考えもあるらしい 。
本書を読んで改めて考えてみれば、遺伝子組み替えとは生物体内の動的平衡を人為的に変更することである。
人間の利益を優先して作り上げる新しいジグゾーパズルはパズルの見えない部分で新たなひずみを生みだしてはいないだろうかーー
科学技術の発展の目的はよい人間生活ではあるが、科学技術の利用が度を過ぎれば、他の生物の生命を損ね、抹殺することにもなりかねないということを、生物の頂点に位置する人間は忘れてはならない。
理屈はさておき、本書の読後感想を一言で言えば、
「我が身体への愛しさいや増す」
我作る細胞群に感謝して
朝夕告げたし頑張ってるねと

この記事へのコメント
首藤
hbar
それにしてもおババさんの好奇心は凄まじいですね。
化学がご専門なんですね。
化学の世界も随分変わりました。
細かくなったですね。
その成果で新素材開発もラッシュのようですね。
生命についてはマダマダですね。
単細胞でさえ満足に試験管で無生物からは移管できません。
DNAが明らかにと言った所で、所在が確認できただけです。
神云々はマダマダ数百年掛るのではないでしょうか。
面白く読ませて頂きました。
何時も有難う御座います。
六十路独り言
原本はさして難解ではありません。
このブログを読んでくださった方が、興味を持って原本を読んでくださるといいと思います。
高校2年までは自他共に英文科に進むだろうと思っていた私は化学の時間の実験に魅せられて、理系に進みました。
そんなわけで私の興味は、理も文もあちこちへと向かいます。
もうこの歳では、実活動は出来ませんが、せめて読書でいろいろ体験したり、考えたり、生きる活力を得たいと思っているのです。