七十路半ば淑美の独り言 

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zoom RSS 日本の歴史を読み詠む52<織田豊臣政権8>侵略基地名護屋、長崎  

<<   作成日時 : 2016/08/18 14:35   >>

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日本の歴史を読み詠む52<織田豊臣政権8>侵略基地名護屋、長崎  
軍需、豪商、城下  宣教師の軍事計画   軍役と民衆
侵略と琉球、アイヌ    本地惜しみ   心がけ次第
流言、反乱、脱走   


画像

       
< 軍需、豪商、城下町 >

軍事費の調達には蔵米の換金重要にて豪商ら群がる


豊臣重臣は名だたる豪商とそれぞれつながり作り強めたり


侵略態勢を固める過程は中央集権への従属忠誠を強いられる過程なり


巨大な旧族大名の新しい城と城下町づくりも侵略への態勢づくりの一環なり
  
        大友、毛利。佐竹氏など

肥前名護屋に実戦用本陣造られ博多は兵站基地、名護屋大阪結ぶ次船発着港として発展す
            軍資、軍費を調達し兵糧米を集積する
            宗室、宗湛ら活動を拡大化

加藤清正は麦までも搾取しパンの原料として売り、鉛に変えたり


海外交易商人らマカオに進出暴利を得たり


名護屋城は聚楽第に劣らず上方の高級商品も大量に持ち込まれ巨大な消費都市となりたり


城下町には軍事都市にふさわしい職種の町々を集め上方商人の集住の町もあり


侵略第一歩の拠点登山港には上方の商人押し寄せ群がりぬ


名護屋城は聚楽に劣らず上方の高級商品も多量持ち込まれ巨大な消費都市なり


城下町には軍事都市にふさわしい業種の町々集めた上方上人の集住の町もあり


侵略の初めの拠点朝鮮釜山浦には上方商人押し寄せ群がりぬ


        <宣教師の軍事計画>

バテレン追放令下の長崎に上陸し10年余滞在した宣教師言う
         「日本の武力征服つまり植民化こそ日本布教の唯一の目的」


植民地布教はスペインポルオガル国王の経済的援助と保護と干渉下に大西洋を
                          境とする両国の航海領域の確定

         デマルカシオンと呼ばれた


スペイン生まれの宣教師ペドロ=デ=ラリ=クルス言いたり
         「国王陛下の日本征服事業は銀鉱の発掘だけでなく日本の国々を
          平定総合するため中国の征服改宗必要なり」


キリシタンスペインポルトガルの目指す焦点は中国(明)の海禁突破
          日本には貿易より軍事力を期待

秀吉のバテレン追放令の背景には日本の植民地化キリシタン大名との連携による中国
       征服計画あり


日本による大陸侵攻は彼らには歓迎できぬものなり
         関白が大陸を征服すれば生糸貿易を支えるマカオからの
         船の航行が破滅するだろう


領主階級に布教の主な目標を置く彼らにはキリシタン大名の国替えは大きな打撃なり
          キリシタン大名と結託しての中国攻撃が不可能になる


秀吉の侵略計画は大唐の都北京へ天皇を移し自分はニンポーを居所とする構想なり
          「夢の三国(日本、唐、天竺)国割構想」なり

側主張す「内裏(天皇)の王位剥奪し秀吉を日本国王にそして通商も許す」


          <軍役と民衆>

御前帳、検地石高の総括と人掃による家数、人数の総括、護身分の確定、農民の土地への
縛りつけはすべて侵略動員への集中化目指したもの

軍団の総編成は30万の軍勢を四等分し先駆けの勢、出勢の衆、船出の勢、名古屋在住の衆としたり

侵略先鋒の運団は九州四国中国のほとんど全大名を動員し旧族大名に織豊取り立ての大名を
軍監として組み合わせたり

壹岐対馬と島伝いに玄界灘越えて釜山に送る輸送船団は九鬼氏はじめ紀伊の藤堂桑山に
                       瀬戸内を拠点とする水軍を当てぬ

名護屋城には秀吉直臣団約3万7千人、周囲には東国の旧族大名の陣営を約7万人
             京の秀次 のもとには約10万人の近畿東海軍団を配置す
         動員されたのは260家以上

          <侵略と琉球、アイヌ>

秀吉は島津に命令す「琉球を与力として従属させよ」と


島津は琉球に指示す「軍兵は免除代わりに7000人の兵糧12か月分届けよ」


琉球は島津や豊臣吏僚から責められてもこの軍役を拒み通しぬ


1609年島津氏独自に3000の軍勢にて琉球制圧を強行し沖縄を「薩摩御下知」とす


北海道の蠣崎氏侵略動員令に応じ大阪経由し名護屋に参陣す


保障として豊臣政権下の独立の一大名となりぬ


蠣崎氏この朱印状掲げ統一政権をバックにアイヌ抑圧を押し進めぬ

         「蠣崎への反逆は関白殿への反逆なり」

          <本地惜しみ>

軍役は石高に応じてかけられぬ九州大名と船手の水軍大名は1000石に5人など


四国、中国大名は「4人役」など、これは本役にてそのほかにも


毛利長宗我部島津大友ら旧族大名は「本地惜しみ」し国替えをひどく嫌いぬ


毛利ら「軍役控除額」認められおり「国の台所人」「京都の台所人」など


豊臣政権は大名の知行高より自由にできる部分を残しおく
 
        徳川期には認められず

京都台所人在京料などは参勤を強いる代償としての必要経費の控除なり


石高は領主が農民から年貢を搾り取り中央集権が領主から軍役をとる基準なり


統一政権は全領主階級を編成し全農民を搾取する一貫した基準整えぬ

軍役は武士のみでは足りぬゆえ一般農民百姓ら徴用されたり
         「馬上は歴々の衆ばかり」徴用兵が8割を超えることもあった


            <心がけ次第>

基準軍役は最低基準の要求でそれを上回る負担を強い土着侍たちを統制しぬ
            「自身用意、たしなみ次第」「御こころがけ次第}

豊臣政権からの際限なき軍役は佐竹氏が分国支配の強化を実現する外圧なり


侵略体制の下武器調達のための軍需物資製作を行う職人たちの組織化と城下の一角への
                       集中が急速に進みぬ


農山村に根差す中世風の独立性奪われ城下に集住を強制され特権を持って保護され
                        特異な差別待遇を強いられぬ

         
<流言、反乱、脱走>

第1次侵略の動き始まるとともに「侵略事業は失敗する」の流言しきり


人々朝鮮への徴用嫌がり、婦女子は孤独の境遇に追いやられることを泣き悲しむ


島津家中の梅北国兼ら侍衆は渡航に応ぜず動員令に抵抗して一揆す


八代まで転進した一揆勢敗北し動員拒否していた人々なで斬りされぬ


名護屋でも前線でも戦線離脱という抵抗多く秀次は「人留番所」の設置を命ず


秀吉朝鮮より船舶引き上げしは侵略軍の日本への逃亡退却を阻止するため


宣教師小西軍に加わり渡航脱走防止の教化行いしとか


農村の荒廃と農民の離村は侵略体制下の全国的な傾向なり


農村復興のため小家族の分立策指示されぬ
       百姓の親子親類は所帯を分け別個の家を創れ


軍役の重圧に抗し故郷捨てた者たち町場に流れ込み町民流人となりていたり


全大名は豊臣政権の厳しい軍役の締め付けと政権内部の権力争いの渦中に巻き込まれぬ


侵略始まり名護屋には日ごと「男女の生け捕り」「首を積みたる船」到着しぬ


朝鮮官軍あっけなく壊走し約15万の日本軍朝鮮の国土深く王都目指しぬ


戦国動乱を生き抜いた足軽根性と先進的な鉄砲技術が勝ち戦支えぬ


朝鮮官軍壊滅の原因は国家の賦役の煩重刑罰の過酷による民心の離反なり


緒戦三カ月の日本圧勝は長年の圧政搾取緊縛に反抗する民衆の行動にあり


増田長盛安徳寺恵瓊は生得の名替えさせ母国語を奪い日本の風習を押し付けぬ


民衆はやがて日本軍の本質知り「倭奴」と呼び転向に転じぬ


寄せ集めの日本船団は統一ある朝鮮海軍に攻撃され壊滅的打撃受けぬ
  
         日本からの兵糧軍資の補給困難となりぬ


地方の地主土着の旧官人ら主導者となり良人奴隷層を兵士として「当人一揆」起こりぬ


抵抗勢力はやがて官軍に吸収編入され義兵の解放への願いは「抗日」の名のもとに抑圧封殺されぬ


戦場に集まる商人濫暴し人々生け捕り奴隷となしたり
           「商人船}と呼ばれる独自の商船弾で運びぬ


濫暴略奪は朝鮮民衆の人身私財から仏像経典金属活字など文化財にも及びぬ


連行された陶工たち佐賀の鍋島領平戸の松浦領薩摩の島津領に多く住まわされぬ


徴発され来た百姓たち飢餓極寒に追いやられ朝鮮に投降あるいは捕らえられぬ
「降倭」「游倭」となりたり


日本の農村での労働不足を補足するため多数の民衆が連行されたり
            日本の民衆は徴発されて朝鮮へ


北京上洛を目指す侵略戦を支えたイデオロギーの一つ


1598年8月18日秀吉死し「五大老は全軍に撤退命令発しぬ」


石田、浅野ら陣頭指揮し300宋の引き上げ船用意させぬ

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