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教養が邪魔をするとふ言の葉が巷にあふれた時代がありしよ 照れ隠し言い訳駄洒落に使ったわ 教養のある人というは知識数多蓄える人か行いもありたし 脳の中本棚ばかりじゃ役立たぬ ソクラテスアリストテレスに三木隆古今東西教養説きし人 倉田百三こんな名前も出てきます 2月15日、文部科学省は、主要教科の授業を1割以上増やすことなどを柱にした小中学校の学習指導要領改定案を公表した。 現行の指導要領に引き続き「生きる力の育成」を基本理念に掲げてはいるが、焦点の一つであった道徳の教科化は道徳教育推進教師の配置などを示しただけで明確な指針は示されていない。 また、総合学習の時間は減らされることになった。 私は、総合学習は子供たちの教養の育成に大いに役立つものだと理解、期待していただけに十分な活用も結果も為されないままにだんだん尻つぼみになってしまうのではないかと言う危惧を抱いてしまう。 こんなこともあって、2月の読書対象として選んだ本が苅部直氏著の「移りゆく教養」(NTT出版)である。 いつもならすぐに読み始めるのだが、今回はまず自分自身の「教養観」をまずまとめてから読むことにした。 もう大分前になるが「教養が邪魔をする」という言葉が流行したことがあり、私自身も何かを知らないで恥をかきそうな時や失敗した時の照れ隠し、言い逃れに利用したものだ。 しかしこの言葉、駄洒落ではなく、教養が意味するものを知識と同義語と考えて当てはめると、教養が邪魔をするという状況はよく目にしがちだ。 たとえば、人が何か行動を起こそうとしたり、作品の発表をしようとする時、それについて知識を持ちすぎ、精通している余り、自分が卑小に見え、自分を卑下し、自信を持てなくて踏み出せないことがある。 いわゆる「目くら蛇に怖じず」になれない。破れかぶれになれないのだ。 インテリゲンチャのとまどい、足踏みは知識の持ち過ぎによることが多い。 もう一つの弊害は、他人の作品や行動を鑑賞、評価する時に、まず自分が持っている知識で判断評価しがちなことだ。 自分の持っている先入観、色眼鏡で判断してしまい、対象の創造性や独自性を見落としてしまいがちだ。対象の本質を見抜くことができないのだ。 「教養が邪魔をする」とは、知識を持っていながら、それを十分に生かすどころか、それが弊害になるということであろう。 一口に知識と言ってもいろいろある。 学者や芸術家、文学者が専門とする分野に関する知識、仕事上必要な知識、日々の生活をしていくために必要な衣食住の知識、組織や社会で生きていくための知識、政治を理解し、あるいは政治家であるための政治知識、自分の生存の意義、如何に生きるかを位置づけるための哲学、宗教などの知識、健康を保つための科学的な知識などなどーーー それではこれら全てを教養という言葉で一くくりにできるだろうか? 仕事をしている人に必要な専門知識はその人たちにとっては教養ではない。 たとえば、分子生物学者がそれに関する知識を多く持っていても、それは専門知識であって教養ではない。しかし一般の人がそれを知っていれば、これは教養だろう。 つまり一つの知識が教養であるかどうかはそれを持っている人の環境、立ち位置によって決まるということだ。 次に、教養としての知識を沢山持っている人は「教養のある人」であろうか? 歳を重ねていろいろな環境に身を置き、いろいろな人に接してきた経験から考えると、そうではない気がするのだ。 自分の持っている知識を働かせ、状況判断をし、相手の考え、気持ちを読みとり、適切に対処する、行動する。 つまり知識を適切に生かして暮らしてゆくことができてはじめて教養のある人ということができよう。 その上に、情報化時代という現代においてはもう一つの要素が加わる。 昔は知識を得るための手段は主に読書であり、読んだ知識は頭の中の本棚にしまい込んだ。しかし、今はインターネットなどで必要な知識を手軽に手に入れることが出来る。 しかしこれらの知識はかなり断片的であり、まがいものである可能性もある。 現代の教養人は何が必要な知識か、どこで手に入れるかを判断し実行し、得た知識をまとめ上げ、考え、自分のものとして利用する能力を持った人でなくてはならない。 さて、本題の「移りゆく教養」について書くことにする。 著者は、序章にこの本の内容を次のように述べている。 『政治的判断力、教養、日本の伝統文化の関係がどのように論じられてきたか、そのあり方を考える手がかりはどこにあるかを議論したい』 政治的判断力という言葉は余り聞き慣れない言葉であるが、著者は以下のような精神の働きを名付けて政治的判断力と呼んでいる。 『社会の中で、他人との関係の中に生きていくための知恵は、その人一人の人生を支えるだけではない。 そうした知恵を他者とのかかわりを通じて伝え合い、更新してゆくことが、ひいては秩序の全体を支える。』(p、13,14) 一般に政治というと、政治家、政治家による政治行為、行動を思い浮かべるが、著者の言う政治は、もっと広い意味の、社会生活全体を指しているように思われる。 最初に著者が取りあげたのは、現代の若者の教養書離れで、これを旧制高校の学生たちの読書傾向と比較して、考察、理由付けした第1章、第2章は興味深い。要約すると 『自分自身の精神の糧にするために読む本を教養書と名付けるならば、学生が勉学に直接必要な本ばかりを取りそろえる事に追われ、勉学に一見関係のない教養書に向かわなくなった。 世界の全体を見渡し、意味づける大きな物語や、自分自身を見つめ、人生について考えるための教養書を求めることをしなくなった理由は、戦後の大学進学率が上昇して、企業も大学卒業生を大量に採用することになり、エリートならぬ平凡な会社員の人生しかおくれないことを入学時からすでに知っている学生にとっては「教養」への魅力は急激に色褪せていった。』と著者は言う。 それに引き替え、旧制高校時代の若者の読書傾向を次のように分析している。 『旧制高校の学生にとって教養書を読むことは、フアッションの一つであり、たとえば、阿部次郎や和辻哲郎は、彼ら自身その青年時代、旧世代の常識を信じられなくなったときに自分がどう生きるかという問題に直面し、それを考えるてだてを教養書に求めた。 そしてその彼らが書いた「三太郎の日記(阿部)」「偶像再興(和辻)」「愛と認識の出発(倉田百三)」「人生論ノート(三木隆)」などに彼らに続く若者たちが旧制高校時代に惹きつけられていった。 すなわち、時代の流れに反発し、自分自身がどう生きるかを反問し、その答えを求めて哲学書の耽読や宗教信仰へと向かったのである。 教養を通じて人格の向上をめざす旧制高校生たちの努力は、ゆくゆくは自分たちがエリートとして、国家と社会の命運をになうという自負心と背中合わせであった。』(p、54〜57) つまり、現代の若者の多くは自分の将来、人生に対して、夢や望みを持つ気持ちがなくなっており、その原因は、若者たちの内面の変化そのものにあるのではなく、大きな時代の流れが、若者たちを変化させていったということであろう。 確かにニートやフリーター、引きこもりの人たちを見ているとそのようにも思えるし、その時々、その日その日を楽しく、気楽に過ごせばいいと思うような若者もいる。 旧制高校の時代と比べれば、何かにつけて自由な時代になった。 生き方にしても制約は少ない。望んで努力をすれば夢は叶えられやすかろう。 なのに、若者は自分の人生を真剣に考えようとはしない。 人間は、自由を束縛されなければ、反抗するものがなければ、真剣に考えることはできないのだろうか? 私には、子供たちに、若者に人生について考えさせる教育をすることのできる、教師が、大人が少なくなったと思われてならない。 これ自体が、大量生産、大量消費の流れの中で、自分を省みる内面の世界を持つことができなかった時代の産物であろうかーー 第3章では「内外の教養論」が紹介されているが、私が注目したものをいくつか紹介させていただこう。 まず三木清の「知識階級と政治」の中の1文である。 『人間は社会的動物だといわれるが、それはもと人間は政治的動物であるという意味である。(これはアリストテレスが「政治学」の中で、人間を政治的動物と定義したものに乗っ取っている。) したがって人間の日常生活は「全て政治的意味を持っている」のであり、進んで政治に関わる活動はもちろんのこと、「政治を回避する」生き方も、現状をさしあたり追認するという生き方も「一つの政治的意味」をもつ。 その意味で、「政治的教養」こそが、人の「最も基礎的な教養」とならなくてはいけない。 かっての漢学は、今の時代では弊害の多い「治平天下式イデオロギー」であるにせよ、そうした「政治式教養」を、知識人に与えていたのである。 しかし日本の知識人は、「政治的教養」は「治める者」には必要でも、「治められる者」である自分たちには無縁だとする考え方に支配されてしまった。』(p、75) 知識人の政治的教養離れ、そして一般大衆は 「依らしむべし知らしむべからず」、つまり一般の人間には何も知らせず、支配者を頼りにして、その言うままに従っていればよいのだという体制に馴らされ甘んじる時代が長く続いた。 その結果、政治的教養を育まれなかった、育む努力もしなかった歴史が原因となって、自ら考えることをせず、為政者の、あるいは発信者不明の情報で左右される世論で操られ、右往左往する人々が多くいるのが現代である。 そればかりか、政治家という人の中にも、政治的教養を持ち合わせない人々がいることは憂うべきことである。 次に注目したいのは、18世紀後半のドイツの新人文主義で、ここでは、日本語に当てはめると陶冶と教養の二面を持つBildungという言葉が中心の思想となっている。 『人を人たらしめる「人間性」を、その人の個性にみあった形で発揮できるように、個人が自らを鍛えあげてゆく営みが「陶冶」であり、その過程を通じて、はじめて「教養」を身につけた人間と呼ばれるようになる。 技能の取得や富貴を求めて修行を積むのではなく、この「陶冶」を続ける過程そのものの内に価値があるとされたのである。』(P、79) この論によって周囲を見渡すと、本屋には「ハウツーものの書物」が氾濫し、テレビでは「断片的な知識」を競うクイズ番組が流行していて、これらを読んだり見たりすることで知識を身につけ、教養が身についたと錯覚する人々がいるようであるが、この過程には陶冶はない。 思考を伴わないお手軽人間が育つだけである。 ただし、『ヨーロッパの歴史の中では、決して内面の人格修練のみにとどまらず、社会生活における実践も含めて、全体から人間を育て上げる営みが、「教養」の本流を占めていた』という記述もある。 これらを含めてヨーロッパにおける「教養」の概念史の原点にあった広い意味での「政治的教養」については以下のように書かれている。 『いったん実用から切り離された空間で、精神と身体の両面での訓練をへたうえでこそ、本当に社会生活に活躍する人材が育てられる。 この過程をへたのちに、人は、ポリスの共同生活をささえ、政治に参与できるようにもなるのである。』 (P、93) まず、自らを鍛えてこそ、社会人としての政治的活動もできるということであろう。 教養ある政治、教養ある社会の基礎は大衆一人一人が教養ある人間になることである。 「教養の営み」についてガダマーが「真理と方法」の中に書いた一文も教養を考える者には一読の価値がある。 『教養、共同的感覚、判断力、趣味は相互に支えあっている。 協同的感覚すなわち道徳的市民的連帯感に立脚しながら、他者との共通の利益は何かを考え、趣味の感覚を通じて、個別の事例について正と不正とを判断すること。 そうした知恵の働きを培うのが、みずからの属する言語社会の古典やあるいは異なる言語や、異なったものの見方をする世界にふれることを通じて、精神を鍛え上げる「教養」の営みなのである。』 教養を高め、教養のある人間になるためのヒントがここにある。 第四章では政治的教養と日本の伝統について書かれている。 冒頭近くに載せられている、お茶の水女子大の学長も務めた蝋山政道と著者の見解は我が国の戦後教育の実態を浮き彫りにする。 『良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなくてはならない(第八条)とあるにもかかわらず、教育界には政治と教育との根本的な関係について関心を払うことが避けられてきた。そこに、戦後日本の民主教育の欠陥の一つがあり、それが今大学紛争その他となって現れていると言っても過言ではない.(1966)』(p、105) 『戦後の日本で、政治の介入にたいする学校教育の自律が、やたらに強調された結果、政治学者と教育学者までもが、お互いの領域に関して口をはさまなくなった。 そのため、民主主義の実践のために、どのような政治的教養が必要なのかということを議論する空間がない。ーーーーー さしあたり「教養に」関して政治との関連をきちんと考えることは必要だろう。』 国民として自らの国の政治に関心を持ち、関与することは当然である。 そのためには国民一人一人が、政治的教養を身につけるための教育は不可欠であるにもかかわらず、政治に関する教育というと、為政者の都合のよい考え方への洗脳と短絡的に考え、拒否する風潮があるのは確かだし、過去の戦いの時代を思い起こせば、これも仕方ないことかも知れないが、為政者の主義主張には左右されない政治的なものの捉え方、参加の仕方などの基礎知識の学習は重要視されなくてはならない。 大きい目で見れば、それがきちんと為されてこそ日本という国の存続が保証されるのではなかろうかーー では、政治的教養の土台となる政治的なものとは何であるかという疑問が生じる。その参考になるのが、現代米国の政治学者、シェルドン・S・ウオーリンの書いた「政治とヴィジョン」のなかにある。 『政治的なるものは三つの要素からなる。 第一に全体を指導し、ほかのさまざまな活動を統御することを仕事とするような権力の存在。 次に構成員であることを自ら受け入れた人々に課される義務 。 最後に公共の空間に何らかの意義を持つような行動をとりしきる、共通のルールの体系である』 そしてこの考え方の起源になっているのは、アリストテレスが念頭に置いた古代ギリシャのポリスにおける市民たちの営みであるという。それとは 『自由人として対等な人々が、お互い共通にかかわる事柄を管理するために、一つの法のもとに結合して、秩序の全体を統御する権力を作り上げる。そうした状況の紐帯を保つなかで、ひとはそれぞれに相応の義務を果たしながら、権力が法にはずれたふるまいに出ないよう、監視を続ける。』(P、110) しかしながら、異なる体制、生活環境の歴史を持つ日本人にはこのような概念は異質なものである。そのことを和辻は次のように説明している。 『城壁で囲まれた都市で,自治の習慣を育てあげてきたヨーロッパ諸国とは異なって、日本人は、そうした「共同の生活の訓練」を積んでいない。 したがって人々の関心は自らの「家」を守ることに留まり、「家」の境界の外にある「公共的なるもの」に対しては無関心になるか、受け身で「忍従」の態度をとるか、どちらかになってしまう。 そのため、政治が「ただ政治は征服欲に動く人の専門の職業」になってしまい、議会政治も「民衆の輿論」を反映することが全くない。』 これは昭和3年に書かれたものであるが、戦争を経て民主主義を勝ち取ったかのように見える昨今でも、この体質はあまり変わってないように思える。 「民意、民意」と言いながら、全てを政権奪取のための戦いの種にしようとする専門政治家、まるで裁判所になったかのような国会、選挙になれば彼らの甘言に迷って、ことの本質を深く考えもせず、安易に票を投ずる人々。 選挙人にも,被選挙人にも、未だに正しい政治的教養は育っていないのが、現在の日本に思える。 それでは、この現状を如何に打開し、国民が望ましい政治的教養を身につけるには何を学べばよいか? そのヒントが次章で語られている。 第5章の表題は「教養」と教育、「教養」の教育である。 ここで注目すべきは、読売新聞紙上に載せられた中央教育審議会の山崎正和の「改正教育基本法ー愛すべきは現在の日本」と、それに付随する著者の考えは、「徳育に関する分科会」へのたたき台として出された小野元之の文章と共に、国民一人一人がしっかりと読み説き考える必要があるだろう。 『 価値観の多元化の深刻な現代の倫理問題について、平均的な教師が学校で教えられることは限られている。 しかし、そうだからと言って、「道徳」教育の方針としては一定の規範意識を学校で教え込むことをやめ、それを生徒に自由に考えさせ、議論させるというやり方は、「哲学的な訓練」を受け、「無言の人格的感化力」を豊かにそなえた教師を大量に確保できないかぎり。虚無主義にまで子供を導いてしまう。ーーーー 内面的な価値としての倫理を学校で教えることはあきらめ、もっぱら客観的な順法精神の涵養に徹すべきだ。 法はみんなで決めた約束事でという以上に、深い原理をさしあたり追わなくても、その正当性を納得できるし、解釈の多義性も少なく、それに反したときに社会から受ける制裁も受け入れやすい。 したがって、これを基本とし、さらに加えて、この世には法よりも深い内面の心情が存在して、それがまれには法と矛盾することがあり、、孤独な倫理的苦悩がおこりうることを教えておけば十分だろう』(P、153) 『順法精神についてはもう少し内容を広げてもいのではないか。 たしかに初等教育では法を守ることを教え、とにもかくにも、社会の秩序を守るのがまっとうな生き方だと理解させることが大事であるし、規範の教育はその程度に留めるべきだろう。 しかし、中学生くらいの年齢になれば、その法の制定と秩序の運営に、国民・地域住民の一人ひとりがどのようにかかわっているのかを、しっかりと理解させ、やがて選挙や国民投票での有権者となり、さまざまな形で政治に参加するための心構えを育てることも、規範の教育の一環としてあっていい。』 『徳育ではないが、子供たちに民主主義や選挙についての知識やその重要性をきちんと教え。良識ある社会人として参政権をきちんと行使できるように育てることが大切だ。』(P、154) 裁判員制度が始まろうとしている。 この制度が有効に働くためには、国民一人一人に、上記に提言されたような基本的な政治的教養がきちんと育ってなくては、意味を為さないであろう。 すなわち、「市民教育」「シチズン教育」がきちんと土台に無ければ、絵に描いた餅になってしまうということである。 その上にさまざまな文化が共存し、事件、紛争が世界的な規模で起こり、文化が世界に拡がる現代における市民教育は、単に自国のことにかかずらうだけではなく、世界市民としての自覚の上に為されなくてはならない。 これに関しては、アメリカの哲学者、マーサ・G。ヌスパウムの「人間性の教養」の中の「世界市民の育成にはどういう能力を育てるか」についての記述が紹介されている。 『まず、自分と自分が育った伝統との双方を、むしろ批判者の目で吟味する能力。 それを養うことで、権威にしたがうのでなく、自らの理性を働かせて議論する市民として成長できるのである。 次に、自分がある地域やグループに属くする市民であると思うだけでなく、同時にまた、 地球上に生きる者すべてが、承認と配慮の紐帯で結ばれた、人類の一員でもあると見なす能力が必要であり、それは人類にとって共通のニーズや目的も異なり環境では全く違うかたちでとらえられていることを、理解する営みを通じて培われる。 第三の能力は、「物語想像力」である。 たとえば、小説の登場人物や、遠方にいる人の気持ちや願いを理解しようとするとき、人は、みずからの視点を保持しながら、もしもその他者が置かれた状況にあったらどのように思うか、想像をめぐらせる。 そうした姿勢で他者の声に耳を傾け、その他者が背後に抱えている文脈に照らして意味を理解すること。そうした創造力の働きが求められる。』(P、160,161) 二つめの「地球上に生きる者すべて」の「者」を生物に置き換えれば、「地球温暖化」についての考え方にも相通じる考え方にもなる。 大学と「教養」についても取りあげられている。 新制大学に一般教養の過程が持ち込まれた経緯はなかなか興味深いが、それにもまして私の目を惹きつけたのは、スペインの哲学者、オルテガ=ガセットが書いた「大学の使命」の中に書かれている「教養の意義について」の一文である。 『生は混沌であり、密林であり、紛糾である。人間はその中で迷う。 しかし人間の精神は、この難破、喪失の運命に対抗して、密林の中に「通路」を、「道」を見いだそうと努力する。すなわち、宇宙に関する明瞭にして確固たる理念を事物と世界の本質に関する積極的な確信を見いだそうと努力する。 その諸理念の総体、ないし体系こそが、言葉の真の意味に置いての教養である。』(P、178) 現代の若者には自分の混沌にも気づかない。混沌に気づいても、自らの努力でそこから抜け出そうとする気力も持たない人が居る。 混沌の原因を社会や、親、など周囲の故だと錯覚し、短絡的な行動に走る人が居る。 若者に、教養の意識を授けることが望まれる。 それを授けることができる教養を大人は持たなくてはならない。 オルテガは物理学的世界像、有機的生命の根本問題、人類の歴史的過程、社会生活の構造と機能、宇宙の見取り図の五つを柱としてあげ、さまざまな学問領域の間をつなぐような知の体系を大学教育において学ばせることを主張している。 さらに読み進めると、教養を身につけるために必要な要素のいくつかがあげられている。 『一般にさまざまな学問領域を横断する知を育てるためにも,まず言葉そのものにたいする修練が必要である。 異なった思想を持つ人間同士がお互いを理解し、また自分の考えを表現することで、共通の対話を取り戻さなくてはいけない。 そのために、物事を多面的に考える習慣を養い、言葉の用い方を総体として訓練するレトリック(修辞学)は賢明にものを考え、人間のあらゆる営みに対処できるようになるための基礎である。』(P、183) 最終章 著者は、 近代日本の「教養」が、日本の伝統的な思想から導かれたものではなく、西洋文化の付け焼き刃であり、その目的が、富国強兵、鎖国から国際社会への進出のための「国家有数の人材」を育成するために導入されたものであり、終戦によって、それがうち砕かれたと分析している。 では、それに変わる日本の新しい「教養」は作られてきたか?そうではない。 そこで「教養の変遷」を概観した後に、現代の日本の教養の概念として相応しい考え方、「教養」の育て方を最終章で提言している。 『人間が身につける知が、読み書き、計算をざっと身につけただけで、後はマニュアル化された実用知識か、あるいは高度に専門化した学問だけになってしまえば、どうなるか。 学問でもジャーナリズムでも、専門の境界をこえるような、豊かで斬新な発想は、まず生まれなくなる。 さらに、異なる価値観や世界観を抱いた人間どうしの対話が、日常生活の次元でも、ずっと困難になってゆくだろう。 人と人とが生き生きとした交流を保ち、社会を円滑に動かしてゆくためには、この本でいろいろ取りあげてきたような「教養」がやはり必要なのである。』(p、196) 『人が,世界をとらえ、しかもその世界が独自の原則にのっとって動いていることを、深く認めながら、それを理解し、世界との折り合いをつけてゆくこと。 他者が、自分とはまったく異なる志向を持った人間であることを了解しながら、友に関係を保持し、新たに作り上げてゆくこと。 そうした一連の営みを通じて、自分自身が変わってゆくこと。 知識や情報としての「教養」を越えた「教養」の極限と言うべき、こうした心の習慣が「教養」の営みの基盤になる。』(政治社会学者、栗原彬 )(P、198) 『一方が他方に対して働きかける。 一方向の操作のはたらきではなく、それぞれにもちあわせている有限な情報を、お互いにくみあわせ、構成しなおすことで、現状に対応する手だてをあみだす。 そうした、他者との水平の関係のなかでこそ、「教養」の基盤は培われるのである。 これは、相手とお互いに知恵を出しあい、互いの言葉に驚きながら、それぞれに自分を変えてゆく過程である。 安富歩はこれをブリコラージュ(起用仕事)と呼んでいるが、「教養」の基盤は、とにかく本を多く読めば身につくとか、特に過程や学校で教わればすむというものではない。 日常生活の全般に置いて、さまざまな事物や他者とかかわる中で、自らの心と身体に、じっくりとしみつかせてゆくものだろう。 その過程は生涯の間続き、終わることがない。』(p、200) 昔は、人が教養を得るための手段は読書であった。 しかし、現代においてはひとりで悩み、読書し、思索することで得られる教養は、社会との繋がりという点では、十分ではない。 よき市民、人間関係に通用する教養は、人間関係の中で育つという見解である。 それでは、著者は「本を読む」ことは無価値と考えるだろうか? そうではない。読み方が大切だと主張している。 『自分のこれまで得た知識の外には、「もっと大きな未知の世界」が拡がっていると常に自覚し、余裕を持ち続けることで、知識は「教養」の内にとりいれられると福田は語る。 知識に対し、一定の距離を保ちながら、自分の位置を見定めることで、はじめて「自分自在にあやつることができる。 この「余裕をつくる」と「力をぬくこと」が、すなわち教養なのであり、本を読む営みも、テクストに対して、同じように「距離を置いて」読むのでなければ「教養」とはならない。ーーーーーー ここで、本を読む過程は「精神上の力くらべ」と言うことになる。 したがってそれには時間がかかる。 早く読み飛ばしてしまえば、著者の主張を鵜呑みにするか、あるいは浅薄な反発を覚えるだけで、終わってしまう。 そうではなく、思いこみを排しながらテクスの内容を言葉どおりに理解したうえで、それを自分自身の「 思想や生き方」とつきあわせてゆくこと。 そうした「対話」を続けることが重要なのである。ーーーー 丹念に本を読み解いた経験があれば、読書の深さと楽しみは、一段と進んでゆく。 もし中等教育や高等教育において「教養」を育てようと考えるなら、そうした、体系的な「読み」の方法への習熟を目指すことが、最低限の条件となるのではないか』(p、204,205) このような経験を総合学習のテーマとして取りあげて欲しいものである。 著者が冒頭で指摘しているとおり、本書の内容の多くは、政治的教養に関する論述で占められている。 しかし、教養には自分の生命、宇宙における自己存の意義、立ち位置に関するものや、現代に置いては欠くことのできない科学的な知識などに関するものがある。 これらについても本書のような書が出て欲しいものだ。 本書は252ページの大冊で、多くの先人の名前、学説、書籍がつぎつぎに紹介されている。 その中から、生意気な言い方をすれば、私自身の考え、思いに照らしあわせ、共感したもの選び出したのがこの拙文である。 是非、多くの人に、原本「移りゆく教養」を読んでいただきたい。 特に、「道徳教育」や「総合学習」のありかたに関心を持っている人たちには是非じっくりと読んでいただくことをお願いしたい。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
中々の力作読ませて頂きました。 |
hbar 2008/03/08 17:58 |
hbar様、ありがとうございます。 |
七十路淑美 2008/03/09 15:27 |
その結果が、人として信じられないような青少年犯罪の増加、政治家という名をもてあそび、政治を私物化するような人たちを輩出する現代につながっているともいえるでしょう。 |
七十路淑美 2008/03/09 15:31 |
題詠ブログ2008に原田 町名で参加しているものです。この記事を読ませていただいた昨5日に朝日新聞に苅部 直氏と蜷川幸雄氏の対談が載っていました。七十路様の記事とあわせて是非この本を読んでみたくなりました。私も来年は七十代です。 |
katorea 2008/05/06 09:23 |
katorea 様 はじめましてーー |
七十路淑美 2008/05/06 15:59 |
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