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俳聖が松島書きし言の葉の流れるリズムに心も揺れる 俳聖の奥の細道読みたれば 歌枕古歌満る楽しさ 俳聖の豊富な知識に舌を巻く 漢文の素養もちらほら見えている 歌枕訪れ古歌を思い出し 発句するのも文化の伝承 字面だけ追わずに心も受け継ぎたい。 俳聖は西行慕いて発句しぬ 年の初めに立てた「一月に一冊以上の本を読もう」の目標を守ろうと、二月には梅原猛氏の「歓喜する円空」を読んだ。 読んでいる間に、今度は同じく旅を住処とした松尾芭蕉への興味が湧いたのだった。 丁度そのころ、嵐山光三郎氏の「悪党芭蕉」が讀売文学賞を受賞したのを知り、同氏の「芭蕉紀行」(文庫本)と共に取り寄せ、先ずは手始めに文庫本からと読み始めたのだが、三月はいろいろと有って、一週間ほど前にやっと読み終えた。 予定通りなら、次に悪党芭蕉に取りかかるはずだったが、「奥の細道」の原文を読みたくなって、本箱の奥から「日本の古典、芭蕉文集、去来抄」を引きずり出した。 古文というと、後込みする人が多いが、私の場合は、幼少の頃、母親が暗誦する古文の一節をよく聞かされていたり、若い頃には五年ほど謡曲の練習をしたりしていたからか違和感はなく、素直に文語調に入ることが出来る。 奥の細道は周知の通りその中に、有名な句が含まれていて、それらの句は今では紀行文とは独立して殆ど一人歩きをしているかに見えるが、紀行文と共に読み進めることで、その魅力は大きくなる。 事務的に書かれた部分も有るが、松島、出羽に向かう山越え、象潟などの章の地の文の流暢さ、リズム感はすばらし句、改めて古文の魅力に捕らわれてしまう。 声を出して読めば、丁度汀に打ち寄せるさざ波のようなリズムで文章がヒタヒタと体の中にしみこんでくる。 こうして読んでいると、私には、紀行文である地の文が海原で、合間に挿入された俳句の一つ一つが松島湾に散在する小島のような島に思えてくる。 海原があるから島が魅力的になり、島があるから海原が美しく見える。 丸ごとの奥の細道の復権を願う気持ちが芽生えた読後感である。 阿部首相の提唱する「美しい日本の国作り」には、古い文化の見直しも提案されている。 小学校からの英語教育も大切だろうが、日本の国に伝わる美しい言葉を守り伝えることにも留意していただきたいものだ。 美しい言葉は、字面だけ、言葉だけのものではない。 その奥に潜む日本人の感性の伝承こそが大切なのだ。 こんなことを思いながら読み進めば、かって訪れたことのある土地の風景や思い出が立ち上がり、俳聖芭蕉の見た風景と混ざり合い、歌心が生まれた。 そんな拙歌のいくつかを書き記そうと思う。 ひとときを健脚紀行に浸りなば 吾行きし旅の思いも覚醒 時々に行きし旅路をつなげて辿る 祖良芭蕉僧形二人も辿りたる 杉の並木は今若葉かや 俳聖が讃えし松島舟で行く 景観の美の永久(とわ)念じつつ 島々や船縁洗う白波と松の緑が呼び交わしている 五月雨が降り残すと読みしその理由(わけ)は 光堂覆う套(さや)堂と知る 現代の套(覆)堂は鉄筋コンクリート製 光堂まばゆき中より出て見れば 松に三日月掛かりて静寂 夕暮れにたどり着いたは二昔前 蝉時雨聞くも間遠となりぬれば 立石寺の句疎遠になりぬ 閑さや岩にしみ入蝉の声 出羽めざし越え行く山は森々と 読めば冷気が皮膚に伝わる この道は不用のこともありしとかーー 出羽の山上りて芭蕉祈りしは 命の永遠はた新生の句か 出羽三山山岳信仰のメッカなり 命の永遠、これ山岳信仰の祈りの一つ 月山に月友として宿る後 下りし湯殿におそ桜咲く 降る雪に埋もれど春を忘れじとかや 雨の水面恨むがごとしと詠まれたる 象潟は今田圃(たんぼ)となりぬ 芭蕉は詠みぬ西施がねぶの花 最上川流れ下りて日本海 燃える夕日が彼方に沈む 俳聖は舟にゆられて下りしと 一家(ひとつや)に寝たる遊女の句を読めば 我の脳裏に瞽女(ごぜ)の姿が 同道を頼む遊女と別れての旅立ち 俳聖が天の川よこたえし佐渡の島 我は渡りぬジェット船にて 私の旅は三月末だった。 その船はホバークラフト高速船 新幹線中より見れば親しらず 子しらずの海今も険しよ 海沿いの崖道行きぬ芭蕉と曽良は 倶利伽藍の谷の名読みて謡曲の 巴の一節思い出しおり 倶利伽藍は源平合戦跡、歌枕 永平寺茂る木立に僧形の 芭蕉を見たる記憶はありや 私は寺域の広さに驚いたっけ 回廊でつながりし伽藍経巡れど 禅の祈りの湧くことも無し あの旅をしてからすでに五年経つ 山中の温泉で曽良と別れたる 芭蕉の夜枕秋風の音 大聖持(寺)駅の名前にあるような 敦賀の津月の光に魅せられて 明日の逢う瀬も有るかと問いぬ 宿人応う越路の隠晴答え難しと はなはだ無粋な話だが、ずっと疑問に思っていた事がある。 それは旅の路銀のことだ。 あの当時は、車や汽車があるわけではなく、たいていは徒歩の旅だったろうから、交通費はさほどは掛からなかっただろう。 しかし旅籠代、食事代は結構嵩んだのでは無かろうかーーー あちこちで句会を開き、歌仙を巻いているから、そこからの実入りはあっただろう。しかし全ての経費を賄うことは出来まい。 今回、奥の細道全文と、嵐山氏の「芭蕉紀行」を読んでその謎がいくらか解けたような気がする。 芭蕉の旅のあらかたは、知人やお弟子たちの伝を辿っての旅であった。 知人や弟子たちのネットを辿る旅。 そうだとしたら、俳聖松尾芭蕉はネット利用人間の走りだったかも知れない。 In the gulf of MATUSIMA Surfs are lapping shores of islets and beating sides of boats . White of wave's head and green of pine are shining and calling each other . This scenery is similar to the scenery BASHOU looked and praised . I wish this nature will be eternal . |
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六十路さん、今晩は。お久し振りですね。やっと今日から休みに入りました。松尾芭蕉の 「奥の細道」と 鴨長明の「方丈記」は私の大好きな随筆なんですよ。学生の頃は殆ど暗記したものです。現代ではあのような流麗な趣のある文を書ける方はいらっしゃいませんね。どちらかと言うと 中島敦 の「山月記」と「李陵」が現代の名文と言えますでしょうか。でもちょっと段落の取り方が・・・話は変わりますがお孫さん可愛いですね。羨ましい限りです。我が息子は・・・遺跡に振り回されている次第で・・・もう諦めています。 |
my favorite stories 2007/04/28 20:05 |
my favorite stories 様、ありがとうございます。 |
六十路独り言 2007/04/30 12:00 |
奥の細道は前に苦労して読みましたから今度は嵐山光三郎氏の「悪党芭蕉」を読みました。本の題名「悪党芭蕉」は気の毒な題名です。 何処が悪党かわからない。本が売れるか売れないかは題名に依存すること大だと聞きましたが、わざと人の注目を集めるために衝撃的な名前をつけたような気がする。 |
かこ 2007/05/04 17:20 |
かこ様、久しぶりのコメント有り難うございます。 |
六十路独り言 2007/05/05 11:54 |
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